ロンドン・リバプール旅行⑦

2024/7/18
イギリス滞在6日目リバプール滞在4日目です。
本日まずは「マージー川クルーズツアー」です。
船乗り場には「fab4cafe」というカフェが併設されていて、ここにもビートルズのグッズが売ってました。

ビートルズのメンバーはマネージャーとなったブライアン・エプスタインからスーツを着るように言われ、ブライアンの助手のアリステア・テイラーと一緒に服を仕立てにマージー川対岸にある店へ船に乗って行きます。未来が開けてきた4人の生き生きとした様子がアリステア・テイラーが残した本から伝わってきて、リバプールへ行ったら必ずマージー川を航行する船に乗ろうと思ってました。

船乗り場からマージー川対岸のバーケンヘッド側が見えます。

乗船して、クルーズツアーが始まりました。

船から見たリバプール側です。やはりリバプール大聖堂は巨大で荘厳でです。

「マージー川クルーズツアー」が終わって、今度はまた昨日と同じバス停からバスに乗ります。
ジョンとポールが出会った場所「セント・ピーターズ教会」、そして「ストロベリー・フィールズ」の中に入って内部を散策、そしてジョンとポールの家への道を自分の足で歩いてみます。
ジョンとポールはお互いの家を何度も行ったり来たりしたはずです。その道を自分で歩いてみたいのです。

まずは昨日同様86Aのバスに乗ります。
Google Map に登録済みのポールの家近くのバス停で降り、再度ポールの家をじっくり眺め、周辺を散策しました。

3度目のポール家訪問。

ポールの家すぐそばに、このような広場がありました。この広場が1940年代から存在していたとしたら、当然ポールは弟と遊んだり、ジョンとギターの練習をしたのかもしれません。そんなことを想像しました。

ポールの家の前の道です。

ポールの家から「セント・ピーターズ教会」へ歩きます。1957年7月6日、ポールは自宅から自転車でセント・ピーターズ教会へ行ったのだと思います。Google Mapの案内に従って進んでいったのですが、途中大きな道を外れて森の中へ誘導されました。ポールも近道をするためにこのような林道を通ったかもしれません。少し不安でしたが、森の中の道へ入っていきました。やがてまた大きな道にでました。途中小雨が降ってきましたが、大雨にはならずセント・ピーターズ教会の前の道まで来ました。意外だったのは、その道にびっしりと車が停車していたことです。

セント・ピーターズ教会近く

セント・ピーターズ教会前の道には車がぎっしり停車していました。

セント・ピーターズ教会へ到着しました。ジョンとポールが出会った場所です。
この場所こそが、今回の旅行で一番訪れたかった場所かもしれません。
1957年7月6日ポール・マッカートニーは友人アイヴァン・ボーンに誘われてこの教会に来てジョン・レノンが歌う姿を目にします。ジョンのバンド「クオリーメン」の演奏が終わり、控え所でポールはジョンに会います。
この瞬間こそが、現代ポピュラーミュージックの歴史的瞬間だと思います。個人的には世界遺産に登録されてもいい場所だと思います。

今は墓地になってますが、ジョンとポールが出会った1957年当時は広場になっていたのだと思います。

セント・ピーター教会でじっくりと時間を過ごした後、ストロベリー・フィールズへと移動しました。帰国後に思ったのですが、この時ジョンとポールが出会った控え所がある建物まで行ってみればよかったです。自分は教会関係者ではないので、その建物の中に入ることはできないだろうと思ったのですが、できたかもしれません。その建物の部屋に入ることができるのは毎年8月に行われるビートルズの祭典「ビートルズウイーク」の期間中のようです。

ストロベリー・フィールズへ到着しました。日本にいるうちに入場予約していたのですが、ストロベリー・フィールズの敷地内には予約なしで入れるようでした。赤い門の横に入口があるのですが、そこを通過するのに予約済みのチケットを見せたりする必要がなかったのです、たまたまだったかもしれませんが。

ストロベリー・フィールズ内にはジョン・レノンと同時代のリバプールやイギリスの大衆音楽の状況等を説明した展示があり、ここに入場するには有料となります、これが入場予約していたチケットを使う場所です。音声ガイドもありますが、日本語には対応してなかったです。

展示物にジョン・レノンの生誕病院のプレートの写真がありました。自分が発見できなかったあのプレートです。せっかくなので、このプレートに刻印してある「This is not here」の意味を受け付けの人に聞いてみたのですが、わからないとのことでした。😢

ストロベリー・フィールズの庭園を散策しました。かっては孤児院だったこの場所は今は観光地として整備されているので、ジョンが子供のころ遊んでいた当時とはかなり変わっているのだろうと思います。

奥の方にもう一つ、ストロベリー・フィールズの赤い門がありました。実はこれこそが本物のストロベリー・フィールズの赤い門で、現在入口にある門は複製されたものです。

ところどころにジョンの曲の歌詞の一部を記したモニュメントが置いてあります。

庭を散策した後、カフェでケーキとコーヒーを頂きました。おいしかったです。
その後ビートルズグッズコーナーでTシャツ等を購入し、ジョンの家へ向かうためストロベリー・フィールズ後にしました。

ストロベリー・フィールズからジョンの家まではさほど遠くないです。ビートルズの曲を聴きながら歩きます。
中学生のころから好きだったビートルズ、特にジョンが好きでした。ビートルズの曲を聴きながらジョンやポールが歩いたであろう道を自分で歩く。自分の人生で最高の時間を過ごしているように思いました。

ジョンの家に着きました、昨日も訪れた場所です。今日は中に入れないですが、家の前でじっくりとすごしました。
やや名残惜しい気持ちを残しながらポールの家に向かいました。この時ミスをおかしました。予定ではジョンの母、ジュリアの家へ行くつもりだったのですがそのことを忘れてポールの家へと向かってしまったのです。

ジョンの家から見た外の景色

ジュリアの家のことを失念してしまったのは残念ですが、ジョンの家からポールの家まで歩くという目的は達成できました。ジョンとポールがどの道を選んで歩いていたのかはわからないですが、ともかく2人の家を結ぶ道の一つは歩いたことで満足しました、歩きながら不思議と懐かしい気持ちになりました。ジョンとポールの少年時代やデヴュー前の写真を何度も見て想像してきた時間があまりに長いせいで、まるで自分の故郷に帰ってきたような気分になったのかもしれません。

既に3度もポールの家へ来ているのですが最後にもう一度ポールの家を眺めて、リバプール中心部へ向かうバスに乗りました。

ポールの家近くのバス停

リバプール・ライムストリート駅近くでバスを降りて、NEMS周辺の最後の散策です。
リバプール最後の夜もビールを飲んで過ごしました。

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