再考ジョン・レノン生誕産院

2024年夏リバプール訪問で探せなかったジョン・レノンが生まれた産院について考えてみる。

ジョン・レノンが生まれた病院名:オックスフォード・ストリート産院
この建物は1995年まで産院として使われていて、現在はリバプール大学の施設となっている。
その建物にはジョン・レノンが生まれた産院であることを示すプレートがある。

この建物が見つからなかったわけだが、入り口上部には MATERNITY HOSPITALと刻まれている。
実は自分もこの建物を探し歩いている時にMATERNITY HOSPITALと刻印された建物を見つけている。

2024/7/18撮影
この建物がある敷地には入口にフェンスがあり、関係者以外は入れなくなっている。

この黒いフェンスの左端ギリギリから撮影した遠くにある建物に、MATERNITY HOSPITALと刻印がされていたのだが、もしかしてこれではないだろうか?以前は産院の建物まで行けたのが、セキュリティが厳しくなり近づくことができなくなったのではないだろうか、決定的な証拠となるプレートは角度的に見ることはできなかったが、MATERITY HOSPITALの刻印がある周辺や窓の雰囲気がすごく似ている。

THIS IS NOT HERE の謎

プレートにはTHIS IS NOT HERE と刻印されれいて、この文字がジョンの生誕産院がどこだかよくわからない原因の一つだったし、このプレートがある建物まで行きつけた過去の旅行者のブログ等にもこの点を解明した記事が見つからなかった。そしてTHIS IS NOT HEREという言葉を調べていてわかったのは、ヨーコが1971年にニューヨークでThis is Not Hereという個展を開いていること。ジョンはゲストとして個展に参加し、THIS IS NOT HERE の文字がプリントされたシャツを着ていて、その写真も存在する。ジョンがTHIS IS NOT HEREという言葉を頻繁に口にしたり、使用していたのかわからないが、おそらくこのプレートはジョンを象徴する言葉としてプレートに刻んだのではないだろうか?だとすればジョンの生誕産院を探し歩いてようやく見つけた人を激しく悩ませるものだ。

自分がイギリス旅行した2024年夏以降も日本のビートルズファンがリバプールを訪れ、中にはジョンの生誕病院へ行った人もいると思う。その方たちによる訪問記の結果を待ちたい。

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